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最高裁判所大法廷 昭和30年(し)15号 決定

主文

原決定を取り消す。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

論旨は、刑事補償法一条の補償は逮捕状または勾留状に記載された事実について無罪の裁判があった場合にのみ適用があるとの原審決定の解釈は憲法四〇条に違反する。憲法同条は広く抑留または拘禁中に取り調べられた事実が無罪となった場合に補償するとの意味である。原決定の如く解するときは基本的人権の享有が妨げられ憲法一一条に違反する。と、いうのである。

おもうに、憲法四〇条は、「……抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたとき……」と規定しているから、抑留または拘禁された被疑事実が不起訴となった場合は同条の補償の問題を生じないことは明らかである。しかし、或る被疑事実により逮捕または勾留中、その逮捕状または勾留状に記載されていない他の被疑事実につき取り調べ、前者の事実は不起訴となったが、後者の事実につき公訴が提起され後無罪の裁判を受けた場合において、その無罪となった事実についての取調が、右不起訴となった事実に対する逮捕勾留を利用してなされたものと認められる場合においては、これを実質的に考察するときは、各事実につき各別に逮捕勾留して取り調べた場合と何ら区別すべき理由がないものといわなければならない。

そうだとすると、憲法四〇条にいう「抑留又は拘禁」中には、無罪となった公訴事実に基く抑留または拘禁はもとより、たとえ不起訴となった事実に基く抑留または拘禁であっても、そのうちに実質上は、無実となった事実についての抑留または拘禁であると認められるものがあるときは、その部分の抑留及び拘禁もまたこれを包含するものと解するを相当とする。そして刑事補償法は右憲法の規定に基き、補償に関する細則並びに手続を定めた法律であって、その第一条の「未決の抑留又は拘禁」とは、右憲法四〇条の「抑留又は拘禁」と全く同一意義のものと解すべきものである。

しからば、刑事補償法一条の規定につき右と異る解釈をし、そしてこの解釈は憲法四〇条に違反しないとして抗告人の請求を排斥した原決定は憲法の解釈を誤ったものであると断ぜざるを得ない。論旨は理由があり、原決定はこの点において取り消しを免れない。

よって刑事補償法二三条、刑訴四三四条、四二六条二項により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 木村善太郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田 克 裁判官 垂水克己)

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